生物の世界において、蚊は非常に特殊な飛び方をしています。しかし、その詳細な飛行メカニズムについては、最近までほとんど知られていませんでした。   

科学的に見ると、蚊の羽ばたき運動は1秒間に約600~800回、翅の運動の振幅(翅のストロークの角度)は約40度と、極めて小さいのです。他の昆虫や鳥と比べると、なぜこれで飛べているのか不思議なくらい特殊な運動です。しかしまさにこの運動によって、他の生物では見られない特異な気流を起こしながら蚊の飛行が実現していることがわかりました。これは、我々のチームが高速度カメラによる3次元運動測定とシミュレーションによって蚊の飛行を分析した結果明らかになったことで、2017年に科学誌「Nature」に論文が掲載されました。

また、蚊の羽ばたきによって生み出された気流は、物にぶつかって跳ね返り、全体に伝播することで、空気の歪みを生じさせます。空気の歪みは、蚊の触角の根本についた「ジョンストン器官」という超高感度センサーで捉えられます。「自らの羽ばたきが生み出す気流の乱れを感知する」という一連のメカニズムによって、蚊は暗闇の中でも壁や床などの障害物の位置を検知し、ぶつからずに自由に飛ぶことができると考えられます。実際に、シミュレーションの結果によると、蚊は体長の10倍の3〜4センチ先の気流の乱れを感じ取れることがわかりました。
シミュレーション画像
図1:蚊は気流の乱れを感知することで、床の位置がわかる。
一方で、ドローンや飛行機などの人工的な飛行体でも、地面に近づくことで空気力が増加する「地面効果」が知られていました。地面付近では空気が跳ね返って揚力が大きくなるため、静かな着陸が難しいのです。こうした地面効果は機体の翼の長さ程度の距離で見られるため、蚊の場合と比べると、いかに蚊のセンシング機能が優れているかがわかります。蚊が飛行機だと考えると、無限に遠くの距離の障害物を感知できるようにも思えます。

イギリスの共同研究チームは、私が調べた蚊の飛行能力についてのシミュレーション結果を元に、ドローンに圧力センサを搭載し、プロペラが起こす気流の変動検知の機能を評価しました。このドローンは、特殊な超音波センサー等がなくても、シンプルな機構で床や壁の存在を検知できることが実証されたのです。本研究成果は、2020年に科学誌「Science」に掲載されました。

蚊は身近な生き物であるだけに、一般の方の関心も高いのですが、工学的手法を使ったその飛行メカニズムの解明は、まだ始まったばかりの新しい分野です。蚊の飛行に潜む秘密を一つ一つ解き明かすことで、蚊の飛行メカニズムの全貌を掴み、これを逆手に取って、蚊を寄せ付けない新しい手法の開発につなげたいと考えています。

Reference
  • Smart wing rotation and trailing-edge vortices enable high frequency mosquito flight, Richard J. Bomphrey, Toshiyuki Nakata, Nathan Phillips & Simon M. Walker, Nature, 2017; 544: 92-95.
    DOI: https://www.nature.com/articles/nature21727
  • Aerodynamic imaging by mosquitoes inspires a surface detector for autonomous flying vehicles, Toshiyuki Nakata, Nathan Phillips, Patrício Simões, Ian J Russell, Jorn A Cheney, Simon M Walker, Richard J Bomphrey, Science, 2020; 368, 6491, 634-637.
    DOI: https://science.sciencemag.org/cgi/doi/10.1126/science.aaz9634
Profile
中田 敏是(なかた・としゆき)
2012年千葉大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。その後オックスフォード大学(英国)、王立獣医大学(英国)でポスドク研究員、 2016年1月より千葉大学で特任助教(プロジェクト付き)。2021年3月より准教授。バイオメカニクス、流体力学、構造力学、流体構造連成を専門とする。