CONCEPT
千葉大学工学研究院附属 インテリジェント飛行センター(以下:CAIV)は、小型無人航空機(ドローン)など次世代型UAM(アーバンエアモビリティ)の飛行システム技術を研究開発するとともに関連分野の若手人材を育成するために作られた組織です。私たちは、自然界の生物を手本に持続可能な技術を生み出す「生物規範工学」と、これまでにない新しい「人工知能」、それに未来志向の「人材育成」を加えた3つの軸を基に、しなやかで強く、環境負荷の低い技術開発を進めます。
2016年から、様々な産業用途での小型無人機(ドローン)の活用を目指して、「空の産業革命」という言葉が使われるようになってきました。
ドローンの種類では、現在産業用途として、観測・インフラ点検・測量・農業・物流・閉所作業などがあります。これらのドローンは、すでに成熟した自動車や航空機などの産業と比べて、技術的には、安全性や信頼性、耐久性や飛行性能に課題が多く、黎明期の段階にあると言っても過言ではありません。しかしながら、小型無人機や空飛ぶ車などの未来社会の電動航空機エア・モビリティ基盤産業を目指す新産業創出の観点で、ドローン市場や技術開発は急速に世界的な高揚時期に入っています。
「空の移動革命」は、こうした拡大するドローン市場の中で、特に人や物の移動に関して、日本で新たな産業を育成できるよう官民協同で取り組まれている目標です。CAIVでは、次世代型ドローンの研究開発を通して、この目標の達成に向けて貢献しています。
小型無人航空機(ドローンや空飛ぶ車)は、殆ど高度1km以下の空域を飛んでいます。機体が小さく、自然環境や人工的な建造物により生じた空気の乱れを受けて飛行が不安定で落ちやすいため、ロバスト性(落ちない性質)や知能性(ぶつからない性質)などを向上することが大きな課題です。これらのボトルネックな基盤技術には、まだ理論体系ができておらず、大きな機運と挑戦があります。
何億年もの間、小型無人飛行機とほぼ同じ低空域(高度1km以下)では、複雑な自然環境を巧みに飛んできた昆虫や鳥がいました。こうした生物の飛行には、風外乱に強い飛行性能のロバストネスや制御知能、群れ飛行の衝突回避知能など、無数の知恵が隠されています。CAIVでは、これらの飛翔生物を規範とした次世代のドローンを開発し、環境負荷の低い電動型のエア・モビリティ産業につなげようとしています。
――生物に着目した背景を教えて下さい。
飛行機が誕生した20世紀は物理学の時代でした。21世紀に入った今日、ある意味では、生物学の時代になるのではないかと思います。CAIVでは、特に未来社会の小型航空機エア・モビリティに対してパラダイムシフトを起こし、省エネ・循環型のサステナブルな新しい工学を創ることを目指しています。
少し大きな話になりますが、人類の進歩の歴史を振り返ると、常に繁栄を求めてきたことが分かります。人口を増やし、生産性を上げるため、科学技術を追求してきました。しかし、高い効率化を求めることで、大量生産・大量消費に行き着き、結果的に持続不可能な技術体系になってしまいました。現在の地球温暖化や気候変動は、この技術体系の大きな副産物と言えるかもしれません。
――生物の進化は人類の進歩と全く違うのでしょうか。
自然界の生物の進化を見てみると、環境破壊もなく、生物は共存共栄してきました。自然に働きかけて生きるための術、すなわち「技術」の体系という観点で見ると、人類と生物では対照的です。
人類が金属を使って化石燃料や原子力をエネルギーに高温高圧のものづくりをしてきたのに対し、生物は元々地球上に存在する有機物を使って、太陽や風をエネルギーにして、自己組織化し、環境負荷の低い、持続的で循環型の社会を築いてきました。
人類の進歩による技術体系は、すぐに100%否定することはできませんが、人類の技術体系に生物の進化における良い要素をどう取り入れて行くかがこれからの大きな課題になります。
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人類の技術体系 |
生物の技術体系 |
物質 |
鉄、銅、アルミ、シリコン等希少元素 |
有機物質、汎用元素、CHOPINS |
エネルギー |
化石燃料、原子力 |
太陽光エネルギー、化学エネルギー |
ものづくりの方法 |
高温、高圧、リソグラフィ |
常温、常圧、自己組織化、自己集合 |
持続可能性 |
高環境負荷・消費型 地球環境は持続不可能 |
低環境負荷・循環型 地球環境は持続可能 |
表1: 人類と人類以外の生物の技術体系の対比。なお、ここで言う「技術」とは、地球と自然に働きかけ、利用して、生物が生き残る「術(すべ)」を指す。人間と生物は、それぞれ異なる「物質」「エネルギー」「ものつくりの方法」の「技術体系」がある。
(参考資料:日本機械学会誌「小特集生物に学ぶ機械工学」, Vol.2, No.1143, 2014)
――生物規範工学はいつ頃から始まったのでしょう。
15〜16世紀に活躍したイタリアの芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチは鳥の飛行を研究して、様々なスケッチを残しています。ダ・ヴィンチは飛行機の原型を作ったのですが、自然界で羽ばたく鳥から回転翼を生み出す発想は斬新でした。
このスケッチでは、人間以上の大きさの羽ばたき飛行で十分な力が出ることを示していますが、実際にはこのサイズでの羽ばたき型の飛行体は未だに作れていないのです。ダ・ヴィンチの構想以降、羽ばたき型よりも固定翼型の方が良いということでライト兄弟が固定翼を2枚重ねた飛行体を最初に作りました。
当時はモーターがなかったので、蒸気機関車でプロペラを回しました。「バイオミメティクス(生物模倣)」や「生物規範」という言葉自体はその当時はなかったですが、今から考えればダ・ヴィンチやライト兄弟はそのパイオニアです。CAIVでは現在数10センチの羽ばたき型ロボットの開発を進めています。
左)レオナルド・ダ・ヴィンチによる鳥の写本1505年作
右)1903年12月17日ライト兄弟が初飛行を成功させた(出典:W. Shyy, H. Aono, C. Kang, H Liu, An Introduction to Flapping Wing Aerodynamics, Cambridge University Press, 2013.)
――既存の人工知能と生物の知能の違いはどこにありますか。
既存の人工知能は、今まであった事例で大きなデータベースを作って、機械学習を繰り返して学習させる一つの計算手法です。
自然界に生きる生物たちは、環境と相互作用しながら自らの知能を使って進化し、新しいものを発見します。既存のAIは生物から見ると「知能」とはまだまだ言えません。
生物には、「能動的な知能」と「受動的な知能」が2種類あって、「陽の知能」と「陰の知能」と言っても良いと思います。既存の人工知能が注目しているのは陽の知能ですが、陰の知能についてはほとんど研究されていません。
――CAIVで目指す新しい人工知能とはどういうものでしょう。
CAIVでは、生物においてこの陰と陽の二つの知能がどう相互作用しながら、ロバスト性(強健性)を実現しているのか、根本的な安定飛行の設計原理を明らかにしようとしています。
例えば、飛行する生物は、突風のような外乱を受けても最初の一瞬だけ元の姿勢に戻そうとしますが、後は遊んでいます。こうした簡潔的な制御を真似ることで、従来の連続的な制御と比べて効率的で安定した飛行を実現することができます。
例えば、私たちが開発している小型羽ばたきロボットですが、この2つの動画にある飛行体は、制御を何も入れていません。上の動画では、既存の飛行体と同様に剛体の機構を使っていますが、下の動画では、生物に倣って胴体に柔軟な機構を使っています。柔軟な機構を使うと、羽ばたきのトルク、回転のモーメントが発生し、それで胴体が振動して受動的に動くことで反対のトルクも発生します。お互いのトルクが打ち消しあって安定した飛行が実現します。さらに今後、胴体の材質を変えるだけでなく、胴変形という受動的な運動を入れることで、飛行がより安定するのではないかと考えています。
――大学としてどんな人材を育成したいとお考えですか。
CAIVを一つの学びのプラットフォームとして、学生たちには、人類の技術革新の歴史とその反省をまずは頭にインプットしてもらいたいと考えています。
CAIVでは学生が主体的に学ぶことができる仕掛けもあります。これまでの大学教育のスタイルのように、授業の単位を取って、先生からもらったテーマで卒業研究をするのではありません。学生たちは、CAIVで進行する様々なプロジェクトから、自分の興味のあるものを選んで参画し、研究に従事する中で足りない知識を補う形で、意欲的に学ぶことができます。
――千葉大学の強みはどんなところでしょうか。
千葉大学は伝統的にデザイン工学が有名です。CAIVには工業デザインが専門の教員2名が参画しており、機能と見た目の美しさを兼ね備えたデザインを取り入れようとしています。
主体的に学ぶ仕掛けとデザインの観点を取り入れることで、持続可能な技術とは何かという意識を常に持ち、意欲的で高いスキルを兼ね備えた学生を社会に送り出すことができます。
学生たちには、物事を最後までやり遂げるために、変化する環境に適応しながら強く生き抜く力を身につけてもらいたいと考えています、これも、生き物に倣った力のひとつです。
近年、「空の産業革命」と呼ばれる飛行ロボット・小型無人航空機(ドローン)の研究開発及び産業化が、世界的に熾烈な競争になっています。
特に、「空の移動革命」を実現するためには、次世代電動エアモビリティの基盤技術としての安全性・効率性・環境性を満たす
インテリジェント飛行ロボティクス技術の研究開発と、ドローン分野における若手人材育成が最も重要な要素となります。
本講座では、昆虫や鳥を規範とした、知能的でロバストな飛行システムに関する学際的研究を行い、次世代飛行ロボットのイノベーションを創出します。
また、産学連携によるドローンの最先端要素技術の開発と確立を行い、機械性能からみた最適化と意匠の観点から美しさを融合させることで、
ドローンにおける「バイオミメティク工業デザイン」を打ち出し、未来社会のエアモビリティ産業基盤の構築に寄与することを目指します。
2019(令和元)年10月1日 ~ 2022(令和4)年9月30日 (3年間)
本寄附講座は、基礎から応用までを担う先端的なドローン研究の拠点を千葉大学に創設するという趣旨にご賛同頂き、下記の寄附者よりご支援頂いております。
株式会社 東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)
〒113-8485 東京都文京区本郷7-3-1 東京大学南研究棟3階
一般社団法人先端ロボティクス財団(ARF)
〒104-0041 東京都中央区新富町2-1-7 富士中央ビル6階
インテリジェント飛行センターでは、参画教員の専門性を活かした様々な規模の共同研究を推進しています。本センターとの共同研究にご関心のある公的機関、企業様におかれましては、お気軽に
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