農業や林業、漁業などに従事する人々が使用する伝統的な道具は、「民具」としてその製作技術が継承されてきました。民具に関する研究は、「民具学」と呼ばれ、「日本民具学会」という学会が存在します。会員数は民俗学者を中心に約500名に上り、年次大会が開催され、「民具研究」という年次刊行物が刊行されています。

日本民具学会は記録による伝統技術の継承に重きが置かれ、最先端のドローンやロボティクスに関わる工学系の学会とは趣が異なる場ですが、民具は人の手の延長で進化してきた道具でもあり、その形や機能は民具研究者たちを惹きつけてきました。

民具の「形」に注目すると、デザインされた現代の工業製品には見られないような、有機的な曲線や曲面によって構成されていることがわかります。人の力が加わった際に、その力に呼応できる形になっています。この力学的合理性の例として、重心位置と支持位置の関係があります。民具の重心位置と人の手が持つ支持の位置が一致している場合、民具全体を容易に引き上げられますし、逆に重心位置と支持位置が離れていることで「てこの原理」を使った力を生み出すことができます。

当研究室が注目するのは、民具の構造に潜む繊細な力のバランスです。穀物の脱穀の際に殻や塵を振り分ける目的で古くから製作されてきた、箕(み)という農具があります。千葉県匝瑳市の国指定無形文化財に指定されている「木積の藤箕(きづみのふじみ)」は、フジの薄皮と竹の割ヒゴで編み上げられており、軽さと弾力が特徴です。

藤箕の形状を数値流体力学(CFD)シミュレーションで解析すると、弾性材の自然な曲げが基本形となり、この基本形が大渦による下降気流を生成する機能を持っていることがわかります。つまり、藤箕の材料と形の組み合わせは、箕が振り下ろされた時に籾殻を効率的に吹き飛ばすことを可能にしていると思われるのです。
こうした民具の形状に潜む構造力学的な合理性の存在は、材料と形の組み合わせが道具として最適な構造になっていることを示しています。

構造力学や材料力学の観点からの解析で明らかになった民具の特徴は、様々な道具を設計する際の造形の指針を示すことに役立ちます。インテリジェント飛行センターでは、飛翔生物の力学構造に学び、ドローンの研究開発に活かすアプローチがとられています。民具研究の手法を取り入れることで、人の道具としてのドローンの機能を補強できるのではないかと考えています。
図1:箕の底面を模した曲面まわりの大渦の再現図。
箕の中に米と籾殻を入れて端を持ってトンと押さえると、風が渦となって箕の両端から内側に入り込み、籾殻を前面に吹き飛ばすよう作用する。

例えば、木の繊維の向きによって剛性は異なりますが、目利きの民具製作者たちは、そうした木の異方性という特性を生かして農作業用の道具を生み出してきました。軽量で剛性の高い機能はドローンにも求められるため、材料の見極めは民具研究から転用できます。また、鳥と民具の進化の過程を並列的に捉え、ドローンに活かせるならば、飛ぶという機能に必要な最適構造体の形も見えてくるかもしれません。

Reference
  • 久保光徳, 北村有希子, 田内隆利:民具の形に対する構造力学的考察の試み――民具形態の力学的合理性(力学性)について――, 『民具研究』153号, 日本民具学会, (2016.04).
Profile
久保光徳(くぼ・みつのり)
1989年東京大学大学院工学系研究科航空学専攻にて工学博士を取得。その後、千葉大学工学部助手を経て同大学大学院工学研究院教授。造形力学・構造力学・ 振動工学を専門とし、人の手によって生み出された形に対する力学的考察を進めている。