自然界での生物の優れた機能から発想して活用する科学技術のことをバイオミメティクス(生物模倣)といいます。生物のマクロな構造を模倣した代表例としては、カワセミのくちばしの形状を模倣した新幹線500系や、ハコフグの姿を模倣した独メルセデス社のバイオニックカーが挙げられます。

材料開発の分野でも、バイオミメティクスによる設計が注目されています。その歴史は古く、1935年に発表された、米デュポン社によるナイロンまで遡ります。ナイロンは、木綿や絹などの天然繊維を模倣して創られた初めての合成繊維で、現在に至るまで広く使われています。

近年、生物のミクロな構造を模倣した新しい材料の開発が進んでいます。鮫肌の表面形状を模倣して作られた全身を覆う水着や、ハスの葉の撥水性を模倣した表面設計で、ヨーグルトがつきにくいフタや、着雪しにくい信号機などが実用化されています。

こうした生物模倣材料の設計には、産業界や学術界で様々な分野の研究者が従事していますが、当研究室では、高分子科学・界面科学の観点から研究に取り組んでいます。高分子科学の手法により、生物の体に元々存在する有機物を真似て材料を作ることができます。

さて、自然界に目を向けると、鮮やかな発色の鳥や昆虫が数多く存在し、これらの生物の発色の一部は、「構造色」として知られています。構造色は微細構造に光が当たって折り返されることで色として発現します。このため、人が見る方向によって色が変わったり、色褪せしにくかったりする特徴があります。孔雀の羽を顕微鏡で拡大して調べてみると、あの鮮やかな色は、顆粒状のメラニンが規則的に配列した微細構造から生み出された構造色であることがわかります。

メラニンとは、ヒトの髪の一成分でもある黒色物質ですが、当研究室では、人工メラニン材料を用いた微細構造の作製に取り組んでいます。2015年には、素材と構造の両面を工夫して、あの独特の光沢の孔雀の羽の発色を人工的に再現することに世界で初めて成功しました[1][2]。人工メラニン材料には、私たちの体の中にある成分とほぼ同じ材料を用いているので、直接肌に触れる化粧品の開発などへの応用も期待されます。

また、貝類の接着機構に着目した研究も行っています[3]。ムール貝は、足糸と呼ばれる接着性タンパク質を介して、岩などに付着しています。このタンパク質を模倣して人工的に作製した高分子材料は、有機・無機・金属など、材料の素材を問わずに色々な表面に接着できます。これに水を弾きやすい材料を複合することで、撥水性の表面を作り出すこともできます。
図1:孔雀の羽毛とそれを模倣した構造色材料。
人工メラニン材料を用いて微細構造を再現し、見る角度で異なる色が見える玉虫色の発現に成功した。

自然界の鳥の羽を詳しく観察すると、その羽毛の表面は疎水性で、雨の中でも飛行できると言われています。一方、精密機械である市販ドローンは、雨の日は故障のリスクが高く、飛行が推奨されていません。ドローンの表面に高分子材料による撥水性を付与することで、雨の日でも安定して飛行させることができるかもしれません。

生物模倣の研究の過程では、生物の解析が必須です。このため、鳥や昆虫を専門とする生物学者の先生と一緒に研究を進めています。工学と生物学を融合することで、独自の観点から生物を理解し、生物を超える材料開発を目指しています。

Reference
  • [1] M. Kohri, Y. Nannichi, T. Taniguchi, and K. Kishikawa, Biomimetic non-iridescent structural color materials from polydopamine black particles that mimic melanin granules, Journal of Materials Chemistry C, 2015, 3, 720-724. DOI: https://doi.org/10.1039/C4TC02383H
  • [2] A. Kawamura, M. Kohri, G. Morimoto, Y. Nannichi, T. Taniguchi, and K. Kishikawa, Full-color biomimetic photonic materials with iridescent and non-iridescent structural colors, Scientific Reports, 2016, 6, 33984, DOI: https://www.nature.com/articles/srep33984
  • [3] M. Kohri, H. Kohma, Y. Shinoda, M. Yamauchi, S. Yagai, T. Kojima, T. Taniguchi, and K. Kishikawa, A colorless functional polydopamine thin layer as a basis for polymer capsules, Polymer Chemistry, 2013, 4, 2696, DOI: https://doi.org/10.1039/C3PY00181D
Profile
桑折道済(こおり・みちなり)
2007年東北大学大学院工学研究科バイオ工学専攻にて博士(工学)を取得。千葉大学大学院工学研究院助教を経て、2015年より同准教授。専門は、高分子化学、界面化学、生物模倣科学。